ドイツとイスラエル両国は今年、外交関係を樹立して60周年を迎えた。イスラエルからはヘルツォーク大統領がドイツからはシュタインマイヤー大統領が相手国を交互に訪問して、60周年を祝った。

ドイツとイスラエル両国外交関係60周年を特集するシュピーゲル誌の表紙
ヘルツォ―ク大統領はシュタインマイヤー大統領を迎え、「困難な時にも変わらないドイツの友情に感謝する。ドイツはイスラエルとユダヤ民族の真の友人だ」と評し、「両国の友人関係は贈り物であり、同時に責任がある」と強調した。一方、シュタインマイヤー大統領は「私はイスラエルを訪問するたびに、心拍が高まる」と述べ.2023年10月7日のハマスのイスラエル奇襲テロ事件に言及しながら、「ドイツはどのようなことがあってもイスラエル側を支援する」と語った。
ちなみに、シュタインマイヤー大統領は12日、ベルリンで開かれた祝賀晩餐会で「今日のような困難な時期であっても、謙虚さと感謝の気持ちは我々の関係、我々がお互いに言うことすべて、我々がお互いをどのように扱うかにおいて中心に据えられ続ける」と述べている。
両国関係にはドイツのナチス政権のユダヤ人虐殺、ホロコーストの記憶が深く刻み込まれている。ドイツは戦後、ナチス時代の戦争犯罪、蛮行に対してイスラエル側に謝罪を繰り返す一方、アラブ諸国に取り囲まれたイスラエルに対してほぼ無条件に支援を提供してきた経緯がある。
メルケル元首相は2008年、イスラエル議会(クネセット)で演説し、「イスラエルの存在と安全はドイツの国是(Staatsrason)だ。ホロコーストの教訓はイスラエルの安全を保障することを意味する」と語っている。メルケル氏の‘国是‘発言がその後、ドイツの政治家の間で定着していく。
ところが、ハマスの奇襲テロ後、イスラエル軍はパレスチナ自治区でハマス壊滅に乗り出し、軍事報復を展開。ハマス指導部が次々と殺害され、ガザ区はほぼ完全に破壊されたが、イスラエルのネタニヤフ首相はガザ区への軍事攻撃を継続する一方、パレスチナ住民への食糧支援を3月2日、ストップしたことから多くの犠牲者が出てきた。同時に、国際社会からイスラエル批判の声が高まってきた。(「イスラエル国防省は19日、乳幼児用の食料を含む支援物資を載せたトラック5台がパレスチナ自治区ガザに入ったと発表した」)。
フランスのマクロン大統領はイスラエルのガザ攻撃を批判し、イスラエルへの武器輸出のストップを呼びけるなど、欧米主要国でイスラエルのガザ戦争への批判がヒート。ガザ区の70%からパレスチナ住民は追放され、ガザ戦争が勃発した直後から、外国ジャーナリストのガザ取材は拒否されている。
そのような中、ドイツ国内でも「ドイツはイスラエルを支援し続けるべきか」、「ガザのパレスチナ人を追放し、イスラエルが自治区を長期管理する政策を模索するネタニヤフ政権を支援すべきか」といった声が出てきたのだ。独週刊誌シュピーゲル最新号(2025年05月17日号)は「複雑な友人」というタイトルの特集記事を掲載していた。具体的には、ホロコーストの戦争犯罪はドイツにとってどのような意味があるのか、ドイツはイスラエル、ユダヤ民族に責任があるのか、といった疑問だ。ガザ紛争はそのドイツ・イスラエル両国関係の再考を促してきたというわけだ。
ドイツでは旧東独で共産圏時代から反ユダヤ主義が強い。イスラエルとアラブ諸国が衝突するたびに、旧東独や左翼党では反ユダヤ主義運動や暴動が起きてきた。
ドイツで今月9日、ホロコーストに生存者マルゴット・フリードレンダーさん(104歳)が亡くなった。ナチス政権の犠牲者が少なくなると共に、加害者のドイツ人も少なくなった。ドイツは現在、移民国家となっている。アラブ諸国から移民者が多く住んでいる。彼らはイスラエルへの憎悪を植えつけられて成長してきた。一方、イスラエルでは中東系ユダヤ人が増え、アラブ系イスラエル人も入れると、欧州系のイスラエル人よりはるかに多い。
シュピーゲル誌は「ドイツ・イスラエル両国関係で‘ニー・ヴィーダー‘(2度としない)をモットーとした国家理念は次第に疎遠となってきた。両国関係を国是以外に定義できなかった時代は終わろうとしている」と報じている。
ドイツでは戦後、ナチス政権の戦争犯罪への反省が国のアイデンティティとなってきた。しかし、シュピーゲル誌が報じたように、そのアイデンティティは次第に疎遠になってきた。それに代わる新しいアイデンティティがまだ見えない。ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の躍進はその空白から生まれてきた一過性の現象だろうか。

2024年イスラエルを訪れたメルツ首相
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年5月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。